ゼニの効用力について

昔、とある本を読んでハッとして、グッときたことがあった。

当時、22歳の僕は、全く以てカネがなかった。いや、一文無しだったわけではない、当然。

一人暮らしをしている最中だったわけだが、とにかくカネがなかった、何故か、それは永遠に分からない。

金がないのだから、金がない理由を考える必要はないのだ、金が無いのだから。

そんな日々を送りながら、日雇いのアルバイトを朝の5時から夜の8時までこなして、日当の9600円を薄く薄く、金箔のように伸ばして遣っていた。

なので、カネがないので、自然と外にも出ない、家に引き篭もって日がな一日惰眠を貪り、起きては読書をして、半額のチキン南蛮風のアレを喰ったりしていた。

で、一つ読んだ本に書いてあったことが、「現金なんてのは、日本銀行券なんだよ、分かる?銀行券、切符だよ、切符。無理やり働いて、切符貰ってどうすんの、てか、切符なんかなくても生きられるよね?紙くずだよ、財布に入ってるそれ、燃やしてもいいよ、オイラ燃やしちゃうよ、ファイア。」

と、書いていた。その著者がyoutubeで演説してる動画あったので、実際に見たらお札をビリビリ破いてヘラヘラしていた。

それを見たときに、ハッとしてグッときてガッテンを10回ぐらい押して、早速財布に入っていた一枚の千円札を燃やしてみようとした。

台所に向かい、左手に千円札、右手にライターを持って着火し、千円札に近づけたところで、フッとした瞬間に、自分には左手の千円札がどうしても必要に思えてきた。

危ない。わけもわからず、千円札を塵にしてしまうところだった、やはりカネは必要だ。変な思考になってしまった。変な思考を扱うには知恵がいる、今の僕は知恵がないので、ただ無駄に千円札を燃やしたキチガイにしかなり得ない。ヤバい。

 

 

そんなことがあって、数年後、またしてもカネがない。

仕事をすれば、少なからずカネがあるはずなのだが、仕事をしていたつもりが、仕事がなくなってしまった。

どうしよう。やはり、カネがない。この感覚、あのときと同じだ。

しかし、数年間たって自分は、それなりに知恵を蓄えて、それなりに生活をしてきたつもりである。少なからず何らかの知恵を付けているはずだ。

思い立ったが吉日、左手に千円札を、右手にライターを着火し、ゆっくりと近付けたところで、フッとした瞬間に、自分には左手の千円札がめちゃくちゃ大事なものだと気付いた。

馬鹿野郎。車検もあるし、年金国保生保、携帯代にネット料金、馬鹿野郎。住民税が何十万と降り掛かってくる。

大馬鹿者だった。知恵を付けたつもりが、やはり知恵が足らなかった。

左手の千円札が大事だった。お金という概念がなくなれば、幾分かラクになると思ったが、やはり必要だった。目から鱗だった。

やはり、カネは必要不可欠である。カネがない僕が言っても、乞食の遠吠えになるが、カネがあれば、もう少し知恵が付いていたのかもしれない。

 

 

 

 


Happy End - 加川良, - ゼニの効用力について