ざわざわ・・・ざわわ・・・ざわわ・・・

某日、午後6時に待ち合わせをして、とある飯屋に行こうとしていた。

久しぶりに会う友人で、彼女が出来たらしい。それも年下の若い子だった。

数人で飯を喰うというので、寝間着から着替えて、時刻よりも早めに到着し、ボーッと待っていた。

定刻になり、友人がチラホラ集まり始め、少しばかり世間話をしている最中に、一人の友人の顔を見ると、どうしたワケか、鼻毛が出ている。

これは言うべきか、言わざるべきか、それとも他の友人に気付いてもらうべきか。

僕のような人間は、人様の鼻毛を指摘することも出来ず、ただただ鼻毛を眺めることしかできなかった。

数分ほど苦虫を噛み潰しながら熟考していると、名案が思い浮かんだ。

 

それは、めちゃくちゃ挨拶をするという名案だった。

それも、唐突に鼻毛が出ている友人に向かって、挨拶の連打。

なおかつ、鼻毛に対して挨拶。友人の目は一切見ずに、鼻毛に挨拶をするという名案だった。

「おはようございます!おはようございます!」

ペコペコとお辞儀をして、その鼻毛に挨拶を繰り返していると、友人は一瞬顔が硬直したが、暫くすると「おはよう」と一言述べ、笑い始めた。

良かった。万事休した。と、お辞儀から振りかぶり、友人の顔を見ると、鼻毛はまだそこにそよいでいた。ざわざわ・・・ざわわ・・・ざわわ・・・ざわざわ。

福本伸行のフォントでさとうきび畑の唄が頭の中に流れる。鼻毛は一向に顔を隠す気配はない。

何より、鼻毛に挨拶をした自分自身を恥じた。まさか、人生において鼻毛に挨拶をすることがあると思うだろうか。

苦肉の策だった鼻毛への挨拶も暗礁に乗り上げ、鼻毛は未だそこに確固たる意思をもって存在していた。

 

もう為す術がない、と思った。

唐突に鼻毛が出ていない友人の一人が僕の顔を見て、一言「鼻毛が出ている」と言った。

馬鹿野郎。鼻毛が出ているのは僕ではなく、もう一人のコイツだろう、と鼻毛が出ている友人を見るとギャハギャハ笑い、こちらを指差して「鼻毛ウケる」とのたうち回っていた。

ふざけている。そんなわけがない。腹が立ったので、待ち合わせたお店のトイレへ行き、鏡で鼻を確認すると、鼻毛が出ていた。

青天の霹靂。愕然とした僕は、両膝から崩れ落ち、さとうきび畑の唄が繰り返し頭の中で流れ始めた。ざわざわ・・・ざわわ・・・ざわわ・・・ざわざわ・・・。

クソ。と、立ち上がり、鏡で確認した鼻毛を抜き取り、涙目を堪えながら友人たちの元へ戻った。

僕だけじゃない、そこには確かに鼻毛が出ている友人もいるはずだった。

開口一番に言ってやった。「鼻毛はお前も出ている」と。

そして、友人の顔を確認すると、あろうことか鼻毛は出ておらず。キョトンとした顔で僕を見つめ、しばらくすると、目を見開きギャハギャハと笑い始めた。

「鼻毛はお前だけだ!ギャハギャハ!俺のカッターで鼻毛切る?ハナゲカッター!二枚刃!ギャハギャハ」

くそつまらないギャグも見舞わせれ、また両膝から崩れ落ちそうになった時、友人の彼女がそこに到着した。

 

小さな彼女だった。仕事帰りか、OLの服装で、カーディガンを羽織り、長財布とピンクのタバコケースを持っていた。

可愛い彼女だったので、こんな可愛い子の前で鼻毛を出さずに済んだのは良かったと思う。

 

鼻毛が出ていたら、自分も出ていると思え。一つの教訓が生まれた日だった。