クール

笑い声というよりも、轟くような爆音だった。
今日も小野の声が会場に響き渡る。


「なぁ〜にぃ!!!やっちまったなぁ!!!」

相方の僕だけが分かる、声のトーン、ハリ、絶妙なセリフの伸ばし加減。全て今日も良い状態だ。


「男は黙って!…」



「男は黙って…………」





一方の僕はいつもよりやるせない気持ちでいっぱいだった。
折角の初武道館ライブだというのに舞台上に居ても、観客が誰一人いないような気持ちにすらなりそうだった。


「……………鉄!!!!!!」




「……………鉄!!!!!!!!!!」



小野が僕のセリフに応えた。
僕の何倍もの熱量と、笑いに対する情熱を感じさせてくれる姿だった。

その度に、武道館は揺れた。笑い声とは一体どんな音だったのか忘れそうになるほどの大爆笑だ。
路上ライブや、客が4人のライブハウス。豪雨の中、祭りの賑やかしに呼ばれた時。僕が知る笑い声は、そのどれもがリアルで、僕達クールポコの今を知らしめてくれた。

そして、まさに今この瞬間の笑い声は、僕達にこれまで与えられてきた笑い声とは異なる、とてつもなく大きな力を感じさせてくれている。



「そりゃ硬すぎだよぉ〜………」


僕の声に少し反応した笑い声ですら、今までにない程の大きさだった。
本来なら、凄まじい快感、笑いを生み出しているライブ、まさに生の感覚を身に沁み、感動し、笑わせている幸福感をもっと、ありのままにもっと、身体中で味わえるはずだった。







クールポコとしては、もう笑いの全てをやり終えていた。
バラエティ番組には出尽くし、冠番組まで貰い、ありがたい事に3年近くもの間続けさせてもらっている。

CMにも数多く出演し、男性向けには「男は黙って!○○!」と答えるだけで、数百万単位のギャラが転がり込んできた。
旅行や化粧品のCMでは女性をターゲットに「女は黙って!○○!」と答えるだけで、数千万単位のギャラが転がり込んできた。


何不自由なくクールポコとしての笑いを全うし、心身共にクールポコとしては最高の売れ方だった。


M-1グランプリでは3年連続のファイナリスト入りを果たし、3年目にしてやっと優勝の栄冠を手に入れた。
島田紳助さんは「笑いの基礎が美しい」と言われ、松本人志さんには「笑いの新しいカタチ」とまで言われた。その時の心情は筆舌に尽くしがたい。最高の気分だった。



笑いの全てを手に入れた。そんな僕達クールポコが、いま武道館で単独ライブをやっている。






次のネタがライブのラストだった。








「………………カッコつけて……………カッコつけて最後に……最後に武道館ライブやったコンビが………………コンビが……………」



今にも両手を床に着いて嗚咽しそうなほどだった。
小野の顔は見れないが、その表情は実際に目で見るよりもよく分かる気がした。



武道館はどよめきが数秒間。のちに会場は静まり返り、いつかの客がいないライブハウスの時の様な静けさに、僕は少しだけ落ち着きを取り戻していた。



「………カッコつけて……………カッコつけて!!!武道館で!!!!……最後に武道館でライブをやったコンビが!!!!………コンビが!!!いたんですよ!!!!!!!!」




今までに出したことのない大声で叫んだ。
僕の顔はグチャグチャになっているだろう。
涙目の向こうには照明の後光に照らされた小野が立っていた。



「……………………なぁ〜にぃ!!!!!!!やっちまったな!!!!!!!!!!!!」




笑いを手に入れ、笑いの全てをやり尽くし、笑いの歴史に名を刻んだ。




僕は、もう充分だった。


最後の声を振り絞る。



「男は黙って!!!!!!」



小野が歯を食いしばり、涙を堪えながら、杵を高く振り上げた。




杵を振り下ろせばクールポコの全てが終わることは分かっていた。



小野は数秒間、杵を高く振り上げたまま、僕を見つめ、そして、いつもより力強く杵を振り落とした。



「解散!!!!!!!!!!!!!!!」





静まり返る武道館に、小野の声がいつまでも反響しているような気がした。






もう一度繰り返す。



「男は黙って!!!!!!!」



「解散!!!!!!!!!!」


振り落とした杵が小刻みに震えていた。


僕はしっかりと小野の顔を見つめてから武道館の客席をしっかりと見渡し、言った。




「最後くらい……最後くらいカッコつけさせてよ〜!!!!!!!!」





僕はこの日、笑いに別れを、クールポコに別れを、そして、男に別れを告げた。